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死にたいじゃなく、死んでもいいと思うことは幸せ!後悔のない生き方

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幸せ

どうもiwakoです。

 

僕はいつでも死んでもいいと思っていました。

 

それはやりたいことをやり尽くしたからです。

・小学生3年生まで親からエレクトーンを習わされて才能ないからやめさせられました。

・中学校に入ったら器械体操を始めるも、弟の方が先に選手になったことから才能ないと諦めました。

・画家になりたかった時代、絵画コンクールで数々の入選をいただきましたけど、それは実際親が半分以上手伝っていたからで、僕自身は絵が下手だったので諦めました。

・絵は下手だけど絵本作家になりたかったです。投稿もしたけど、フリーターしながら目指していたけど無理でした。

 

やることはやりました。限界も見えました。これ以上やっても無理だと悟りました。

 

僕には何も目指すものがない。

 

才能がない。

 

夢もない。

 

だからこそ死んでもいい。

 

こう書くとすごく暗い話のようですが、ぼくはこの「死んでもいい」という感情を持てることはすごく幸せなことなんじゃないかと思うわけです。

「じゃあ死ね」と言われればそこで終わりですが、うるせえ聞けよ。

 

後悔がないからです。

 

「死にたい」と「死んでもいい」は決定的に違う

死にたい気持ちについて

僕は以前中学時代にいじめられていたという記事を書きましたね。

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 この時は本当に辛くて「もう死にたい」と本気で思っていました。

いじめ首謀者が女子だったこともあってしばらくは女子に対する嫌悪感と差別に対して敏感になりました。

だから男子校に行ったんですが・・・まあそんな話はどうでもいいんですけどね。

「死にたい」と言う気持ちは目に映るもの、これからやろうとしていること、目指しているもの、夢、全てどうでもよくなってしまう状態です。

意欲、やる気が極端に低下してしまうんですね。

これから自殺する人は「死にたい」なんて口に出して言いません。これは、実際に思ったことがある僕が言うので間違いないと思います。

だけども世の中には「明日自殺する」と宣告してから本当に死んでしまう例も少なからずあります。

宣告する人は「本当は生きたい」という気持ちの裏返しなんですよ。心の叫びなんです。ほんとは分かってほしい、自殺を止めてほしい、だから宣告します。

死にたい気持ちもあるけれど生きたい気持ちもゼロではない・・・。生きたいという最後の望み・・・いや、「止めてくれないと死んでしまうぞ」という最後の警告と言った方がいいかもしれません。

でも理解してもらえずに、または冗談だと思われて相手にされません。だから死ぬしかないんです。

それはどれだけ辛い気持ちなんでしょうか。自殺のニュースを見るたびに涙がでてきます。

仕方ないですけどね。誰も死にたい人の気持ちなんて分かりません。死にたい気持ちが分かる人は死ぬ覚悟がある人だけです。

 

だから本当に死にたい人は「死にたい」なんて言いません。

いや、これも訂正しなければいけませんね、正しくは「本当に死にたい人は死にたいことを隠す」です。

「死にたい」と誰かに言ったら止められるリスクがあるからです。

 

死んでもいい気持ちについて

続いては死んでもいいという気持ちです。

自分がやりたいことを成し遂げたら「もう死んでもいいわ~」とか思ったことある人いないでしょうか?

それは今幸せの絶頂にいるからです。すごく、すごくすごく満足して「これ以上いいことはないだろう」ってくらいテンションが上がってしまっているんです。

死んでも後悔がないということですね。

例えば人生設計をたてている人がのうのうと生きているとして、その人は自分が死ぬことなんて想像もしていないわけですよ。のうのうと生きてるから。それはいいですよ。僕も今はのうのうと生きている派なんで。将来あれやってこれやってと計画をたてて、楽しそうでいいですね。叶うといいですね。

ですがもしもその人が死の窮地にたたされたらどうしましょう。きっと死ぬのが怖いです。震えあがってその場から逃げるでしょう・・・「まだ死にたくない」と。

世の中に生きている人は大半はそんな考えです。夢も希望も未来もある、やり残したことがあるからまだ死にたくない。

 

だから自分のやりたいことをやりきって人生を謳歌したなら人生を余すことなく生ききっているので「もう死んでもいいや」と思えてきます。

それはすごく幸せなことです。明日死んでもいいようにいつもいつでも本気で生きているから。

 

「死にたい」という気持ちはこれからやりたいことなどは全てどうでもよくなり、死ぬことしか考えられなくなります。

「死んでもいい」という気持ちは死ぬことがどうでもよくなります。

「死にたい」気持ちと「死んでもいい」という気持ち、真逆ではありませんか?

 

僕の生き方

僕は最初に「死んでもいい」と思っていたと言いましたね。

思っていた。

今は違うということです。

この先生きてても目標とかないから「いつ死んでもいい」と思ってました。それはそれで幸せだったと思うんですよ。そう思えることが。

今は違います。

やることができました。

ブログをいろんな人に見てもらって、感想をもらったり、メールを頂いたり、ブロガーさんやアフェリエイターさんと交流しているうちに価値観が変わってきました。

幸せになりたい。

そう思ったとき、今まで真っ暗だった道がパアァって照らされた気がします。ほんとですよ!今までぽっかり穴があいてた部分にがっちりはまったというか・・・欠けていたパズルのピースがぴったりはまったそんな感覚。

僕の前に道ができました。

僕にとっての幸せとは本を出版して、将来独立して最後には法人化したいですね。メリットデメリットはありますけど社会的信用が得られるのが大きいです。安定した生活を送るには法人化するのが1番いいのかなと。

あとお手伝いさんが1人は欲しいですよね。経理がほしいです。僕はお金の計算ができないので。

「お金の計算できないやつが独立とか言うな」と言われるかもしれませんね。知り合いには鼻で笑われるかもしれません。でもいいんです。夢ですから。人1人くらい雇えるくらい稼げたらいいなあと思って。

その夢を掴みとったとき、本当の幸せを手に入れたと言えます。

 

会社の社員には申し訳ないですけど働いているとき本当にやる気なかったです。仕事だからやる気はだしたいけどやる気がでない・・・。それも辛いですけどね。

何をするにしても上の空です。後輩に「今日俺やる気ねえなあ」と言ったら「いやいつもじゃないですか!」と言われるくらいやる気がなかったです。

別のことも考えていません。仕事する気がおきなかったです。いつクビになっても、死んでもよかったから。

今は違います。

僕には将来があるから今の仕事を一生懸命頑張ろうと決心しました。

 

 だから僕は「死んでもいいと思えるくらい後悔しないように生きよう」と思うようになりました。

僕は今そうやって生きています。

 

まとめ

人生楽しんで一生懸命生きれたらいいですよね。それが人生!それが幸せ!それが「死んでもいい」ということ。

ただ、おいしいものを食べてお腹ふくれただけで、その場では幸せかもしれませんが「死んでもいい」というのは大げさだと思います。

それがお前の全力かよ!とツッコミを入れてしまうかもしれません。蹴りで。いや本当にもうやり残したことがないんだったらいいんですけどね。

 

実は僕、幸せにはなりたいですけど長生きはしたくないんですよね。生きれば生きるほど辛いことが待っているかもしれないからです。

少し悲しい言い方をしますけど幸せを手に入れて、その先何があるのでしょうか。

老後の話です。癌にでもなってくださいよ。病院に運ばれて、生かされて、ベットの上で死ぬまで生きることになったらどうするんですか。起きて飯食べて寝るだけの生活ですよ。

そうじゃなくても腰を悪くして、車いすの生活や老人ホームでの生活になったら?生きるのが苦しくないですか?医療費、介護費などの生活費もかかります。あ、勘違いしないでほしいのはご老体の方を馬鹿にしているわけではありません。あくまで僕の持論です。

幸せを手に入れた先に何があるのでしょう。幸せを手に入れても年取ってから辛くなるならそれこそ僕は死んでもいいと思います。

やりたいことは全てやって、幸せを手に入れて、幸せのまま早めに死ねたら悔いはありません。

それが僕の人生の価値観。

 

早く死にたくても自殺はダメですよ。

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